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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)513号 判決 1975年9月30日

理由

一、控訴人と訴外株式会社山梨中央銀行との間で昭和四一年五月一九日締結された手形取引契約(控訴人の債務極度額金一〇〇〇万円、遅延損害金日歩五銭)につき、同日訴外渡辺政男は、控訴人の委託を受け、訴外銀行に対し、控訴人の右手形取引契約上の債務を担保するため、右渡辺所有の本件係争の土地建物に元本極度額を金一〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、同年同月二七日同設定登記を経由したこと、控訴人は右手形取引契約に基づき、原判決の別紙手形目録記載の約束手形一一通(手形金合計一〇〇〇万円)に支払拒絶証書作成義務を免除のうえ裏書をして訴外銀行に譲渡し、手形割引を受けたこと、訴外銀行は右各手形を満期に支払のため呈示したがいずれも支払を拒絶されたこと、被控訴人は昭和四二年三月二三日前記渡辺政男から本件土地建物を代物弁済により譲受け、同日所有権移転登記を経由したこと、及び、被控訴人は同年一〇月二七日控訴人の訴外銀行に対する前記手形金一〇〇〇万円及びこれに対する各手形の満期日の翌日から右同日までの前記日歩五銭の約定利率の範囲内の遅延損害金三一万五四四五円を控訴人に代つて訴外銀行に弁済し、訴外銀行より本件各手形の交付を受け、現にこれを所持していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこでまず、被控訴人の主位的請求である約束手形金の請求の当否について検討する。

前記当事者間に争いのない事実によれば、被控訴人は、訴外渡辺政男が控訴人の訴外銀行に対する債務の担保として根抵当権を設定した本件土地建物を右渡辺より譲受けたものであつて、いわゆる物上保証の目的物件の第三取得者であるから、右根抵当権の被担保債務の弁済を為すにつき正当な利益を有することは明らかであり、従つて被控訴人が右被担保債務を弁済したときは、特段の事由がない限り、民法第五〇〇条の規定により債権者たる訴外銀行が控訴人に対して有した権利を取得し、これを行使することができるものというべきである。而して、控訴人は本件各手形に支払拒絶証書作成義務を免除のうえ裏書をしてこれを訴外銀行に譲渡し、手形割引を受けたもので、訴外銀行は控訴人に対し右各手形につき償還請求権を有するから、被控訴人が訴外銀行に対し控訴人の債務を弁済したときは、被控訴人は、特段の事由がなければ、訴外銀行の控訴人に対する右各手形金債権を取得し、これを行使することができるものである。

そこで、被控訴人が民法第五〇〇条の規定により訴外銀行の控訴人に対する手形金債権を取得し、これを行使することを妨げるべき特段の事由として、控訴人が主張する抗弁の当否について検討する。

(一)  被控訴人が本件土地建物を訴外渡辺政男から譲受けるに当り、右渡辺に対し、右土地建物に設定された根抵当権の被担保債務を自己の出捐により弁済すべきことを約定した旨の控訴人の抗弁については、本件の全証拠資料によるもこれを認めることができないから、右抗弁は失当たるを免れない。

(二)  次に、本件土地建物に設定された根抵当権の被担保債務の主債務者は、形式上は控訴人であるが、実質上は訴外株式会社渡与商店であり、しかも同会社は前記渡辺政男の個人企業であつて、右渡辺は主債務者と同一視すべき立場にあるから、たとえ渡辺が訴外銀行に対し前記被担保債務を弁済しても、控訴人に対し求償権を行使し得ないものであり、控訴人は渡辺との間の右内部関係をもつて被控訴人に対抗し得るから、被控訴人は訴外銀行に対し控訴人の債務を弁済しても、法定代位の規定により本件手形金債権を取得することはできない、との旨の控訴人の抗弁について検討する。

《証拠》を総合すれば、およそ以下の事実を認めることができる。

訴外株式会社渡与商店(以下渡与商店という)は洋服裏地の卸売商を営み、訴外渡辺政男はその代表取締役をしていたものであり、控訴人は機業を営んでいたものであつて、渡与商店は控訴人から生地を買入れ、かつ相互に融通手形を交換していたものであるところ、控訴人はかねてから訴外山梨中央銀行と手形取引契約を結び、渡与商店から売掛代金の支払のためまたは融通手形として受取つた渡与商店振出の約束手形につき同銀行の割引を受けていたが、右割引額が次第に嵩んできたので、昭和四一年五月頃訴外銀行より担保の提供を要求された。そこで、控訴人は渡辺政男に依頼し、同年同月一九日控訴人、渡辺政男及び訴外銀行との間において、控訴人と訴外銀行との間の手形取引契約に基づく控訴人の債務につき渡辺政男が連帯保証人となり、かつ右債務の担保のため右渡辺所有の本件土地建物に元本極度額金一〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定手形取引契約(甲第一号証)を締結し、同年同月二七日右設定登記を経由した。しかるに、昭和四二年四月一六日渡与商店が倒産したが、右倒産当時控訴人は渡与商店に対する売掛代金債権及び貸金債権の支払方法として渡与商店から受取つた本件約束手形一一通(手形金合計一〇〇〇万円、いずれも満期未到来)につき訴外銀行より手形割引を受け、右各手形を訴外銀行に裏書譲渡していた。他方被控訴人は、訴外株式会社キイヤの代表取締役であつて、渡与商店より洋服裏地を買入れていたものであるが、かねてから渡与商店に対して資金を融通し、昭和四二年三月頃にはその額が金一七〇〇万円以上に及び、その頃渡与商店が倒産必至の状態になつたので、同年同月二三日代物弁済により本件土地建物を譲受け、同日所有権移転登記を経由した。被控訴人は、本件土地建物を譲受けた当時、渡辺より前記根抵当権は訴外銀行に対して金二、三百万円を弁済すれば抹消できると聞いていたので、その頃訴外銀行に赴き、右金員を弁済して根抵当権を抹消して貰い度いと要求したが、訴外銀行よりこれを拒否され、次いで同年九月二〇日訴外銀行より民法第三八一条の規定による根抵当権の実行通知(甲第一一号証の一、二)を受けたので、やむなく同年一〇月二七日訴外銀行に対し、控訴人の訴外銀行に対する債務元金一〇〇〇万円及び遅延損害金三一万五四四五円を控訴人に代つて弁済し、根抵当権の抹消及び本件各手形の交付を受けたものである。およそ以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件各手形は渡与商店が控訴人に対する債務の支払のために振出したものであつて、その最終的支払義務者は渡与商店にあり、従つて渡与商店はもとより、その代表取締役である渡辺政男が訴外銀行に対し、本件根抵当権の被担保債務を弁済しても、控訴人に対し求償権を行使し得ず或いは法定代位の規定により訴外銀行の控訴人に対する手形金債権を取得することはできないものというべきである。しかし、被控訴人は渡辺政男が訴外銀行のために根抵当権を設定した本件土地建物の第三取得者であつて、当然には右渡辺の地位を承継するものではないから、被控訴人が右土地建物を譲受けるに当り、控訴人の債務を自己の出捐において弁済すべき旨を約定するか、または殊更第三者の立場を利用し控訴人を害する意思をもつていたのでなければ、控訴人は渡与商店または渡辺政男との間の内部関係をもつて被控訴人に対抗することはできないものといわなければならない。而して、被控訴人が訴外銀行に対する控訴人の債務を被控訴人の出捐において弁済すべきことを約定したとの事実が認められないことは前記のとおりであり、《証拠》によれば、被控訴人は控訴人を主債務者とする本件根抵当権設定登記の記載を信頼し、善意で自己の渡辺政男に対する債権の代物弁済として本件土地建物を譲受けたものと認められ、他に右認定を覆し、被控訴人の悪意を認めるに足りる証拠は存在しない。されば、控訴人は、渡与商店または渡辺政男との内部関係をもつて、善意の第三者である被控訴人に対抗することはできないものというべきであるから、控訴人の前記抗弁も失当たるを免れない。

(三)  なお、控訴人は、本件各手形につき訴外銀行の裏書がなく、被控訴人の右手形の所持は裏書の連続を欠いているので、本件手形金の請求は不当であるというが、被控訴人が法定代位の規定により訴外銀行の有する手形金債権を取得し、かつ訴外銀行から手形の交付を受けたものと認められることは前記の通りであるので、たとえ訴外銀行の裏書がなくても被控訴人が本件手形金債権を行使するのに何の支障もないものというべきであるから、控訴人の右抗弁も失当であり、本件全資料を検討するも、他に被控訴人の控訴人に対する本件手形金債権の行使を妨げるべき事由はなにら認めることができない。

三、よつて、被控訴人の控訴人に対する主位的請求たる本件手形金一〇〇〇万円及びこれに対する本件各手形の満期日の後であり、かつ被控訴人が訴外銀行より本件各手形の交付を受けた日の翌日である昭和四二年一〇月二八日から支払済に至るまでの手形法所定年六分の割合による法定利息金の支払を求める請求は正当であり、これを認容すべきものであるので、予備的請求については判断の必要を見ない。而して原判決主文第一項は、当審における主位的請求の減縮により右と同趣旨になり、原判決は理由の一部を異にするが、結論において相当であるから、民事訴訟法第三八四条第二項の規定により本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 輪湖公寛 後藤文彦)

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